【30代】体型の変化を「産後だから」と言い続け9年が経った
「どこまでが産後で許されるんだろう?」
30代、40代と年齢を重ねるごとに、体型の変化は残酷なほど顕著になっていく。鏡を見るたびに、そんな問いが頭をよぎる毎日。息子が生まれてから、気づけばもう9年が経っていました。世間一般で見れば、もう「産後」なんて言葉を言い訳にできる時期ではないことは、自分が一番よくわかっています。でも、お腹のプニプニを見るたびに、魔法の言葉のように「産後だから仕方ない」「子供を育てているんだから」と自分をなだめてきました。息子は「ママのこのお腹柔らかいしプニプニしてて好きなんだよ〜」と無邪気に笑ってくれます。その言葉に救われる反面、心のどこかで「でも私は、この自分をどうしても好きになれない」と泣いている私がいました。
昔の自分に戻りたい。
でも、もう若くないし、いろんなこと試したけど変わらない、もう戻り方がわからない。ずっと否定ばかりしていました。でも「今の私を愛してあげるために、私が納得できる私になるしかないのかもしれない」 そう思いはじめたんです。何もしないまま「今のままでいいよ」と自分を甘やかすことは、私にとっての自己愛ではなかった。本当の意味で私自身を肯定するために、私が大好きだった「お酒」を手放す決心をしました。
二日酔いという「足かせ」を外して見えた朝の景色
それは単なるダイエット以上の、生き方のリセットでした。
今まで、お酒を飲みながら楽しい話をしているつもりでも、自分のダメなところを笑ってネタにしたり、「あの時こうしていれば」という“たられば”を肴に飲んでいた気がします。翌朝、その会話を思い出しては「あれは本当に必要な会話だったかな?誰か嫌な思いしていないかな?」と、どうしようもない後悔をしてしまうことも何度もありました。
そこから徐々に居酒屋から、美味しいご飯屋さんへ。バーから、落ち着いたカフェへ自分の居場所を変えていくところから。
でも、お酒を手放してからは、劇的に変わったのは家族との会話でした。
「今、何が欲しい?」「何がやりたい?」と、未来のワクワクを語り合う時間は、これから誰と、どこで、どんな感覚を味わいたいのかを計画する時間にもありました。具体的な夢を話す時間は、お酒で酔うよりもずっと後味のいいものでした。そして、最大の変化は「二日酔い」という足かせがなくなったことです。お酒を愛する人ならきっと分かってくれるはず。
二日酔いの朝は、本来の自分ではないんです。息子の「朝起きられないグダグダ」にイライラしてしまったり、怒りながらも自分は這うようにして朝の準備をしたり……。息子と一緒にゆっくり朝ごはんを食べて、笑顔で「いってらっしゃい!」が言える。こんな当たり前の日常が、何よりの幸せだと気づけたんです。今の私にとって、レモンサワーよりジャスミン茶を選んだ翌朝の自分が、すっきりと、本来の私になれることに気付いたんです。
だって二日酔いを選ぶよりも、この清々しい朝を選ぶことの方が、ずっと価値のある選択だって身をもって知ったから。
「コンビニ通り過ぎ競技」という自分への勝利
毎日体重計に乗っても、数字はすぐには変わりません。だから私は、自分にしか気づけない「小さな変化」に敏感でした。靴下をお腹を気にせずスムーズに履けた。お尻が、四角から少し丸くなった。そんな変化を積み重ねるうちに、私はコンビニでの「ついで買い」とも決別しました。以前はおにぎりだけのつもりが、ついグミやチョコにも手が伸びていたけれど、何も持たず店を出る。その瞬間に、心の中で全力のガッツポーズをします。
「やったね!Mina、自分に勝利!」
それが続くと、今度は「コンビニに入らずに通り過ぎる競技」が始まります。会社の横のコンビニを、すっと通り過ぎる。「よし、勝ち!」帰りも通り過ぎて「勝ち!」 まるで1位でゴールテープを切るような爽快感。毎日テープを切り続ける心地よさに、いつしか自分でも酔ってしまうほどでした。
こうして自分を褒めたことが、自分の大切な身体をいたわり、本当に必要なものだけを取り入れる習慣へと繋がっていったのです。
鏡を直視する勇気と自分だけの「物語」
以前の私は、裸の自分を鏡で見ることすらできませんでした。見れば悲しくなるのがわかっていたから。でも、「どんな体型でも目に焼き付けて、ここから変えるんだ!」と心に決め、ブラとパンツ姿で写真を撮りました。撮り始めは本当に悲しかった。でも、その姿を直視することが、私にとっての「自分への誠実さ」でした。
さらに、週に2回、たった10分の読書を始めました。本に書かれていることは、一見すると別世界の出来事のように思えるかもしれません。でも、「私が何か小さくても変化を起こせば、この物語は私自身の物語にもなれる」と気づいた瞬間、本は挑戦する勇気をくれる武器になりました。
そして、今の私にとって欠かせないのが、否定のない安心できる場所での「アウトプット」です。 会社ではどうしても「どう思われるか」「何が正解か」というフィルターを通して言葉を選んでしまいます。でも、ここでは真っさらな自分で喋る。誰かがただ頷いてくれる時間は、私にとって『誰かに認めてもらうための場所』ではありませんでした。むしろ、自分の言葉を外に出して、それを自分自身の耳で聴くことで、「私はこうしたいんだ」という自分の輪郭をはっきりさせる時間。自分が自分の味方になれる感覚が戻ってくる、とても新鮮で心地よい時間なんです。
Visionボードに貼った「ピンクのスーツ」がくれるもの
そんな思考の変化から生まれたのが、私のVisionボードです。そこには、今までなら絶対に選ばなかった「ピンクのスーツ」を貼りました。
スーツといえばブラックかベージュ、ちょっと頑張って白かな。
それが私の常識でした。でも、ピンクのスーツを凛と着こなす人を見たとき、強烈に「私もこうなりたい!」と思ったんです。それはただピンクが着たいわけではなく、それを着て背筋をピンと伸ばして歩く、「ピンクのスーツが似合う自分」になりたいということ。
「そんなの着て、どうしたの?」と笑われる私じゃなく、「かっこいい、似合ってる!」と言われる私になりたい。
いつかそのスーツを着て、自分の新しい仕事の舞台に立ったり、胸を張って誰かに会いに行ったりする。そのイメージが明確になった時、今の自分がどんな決断をすべきかが、はっきりと見えてきました。5年後、10年後、息子が高校生になり、自分の人生を力強く歩み始めたいと選択するとき、その隣に立つ私はどんなママでいたいだろう?
憧れを憧れのまま終わらせず、挑戦する人生を選びたい。そう決めたのです。
今の私の価値はウエストの細さで決まらない
40代になった今、私の「美しさ」の定義は、体重計の数字ではなくなりました。ウエストが何センチかということよりも、朝の目覚めの良さや、今日も自分との約束を守れたという清々しさを大切にしています。
9年間、産後に変化した体型と戻せない自分をずっと責めていた。
でもそれは、『戻す』じゃなくて、新しい自分へ『変化』していくのが怖っただけで、それまでが必要なプロセスだったんだと、今は思えます。インスタで見る素敵なママたちと自分を比べて落ち込む自分も、まだどこかにいます。でも、「あの人になりたいわけじゃないけど、あんな風に挑戦する人生は楽しそう!」と思える今の自分が、私は一番好きです。
完璧じゃなくていい。
何度も後悔して、また明日から頑張ればいい。
コンビニを通り過ぎてガッツポーズする自分を、全力で「やったね!」と褒めてあげたい。
自分への小さな勝利を積み重ねるうちに、気づけば目の前の世界は変わっています。私の価値は、ウエストの細さで決まるものじゃない。でも、自分を愛するために選んだ「今日のジャスミン茶」の味は、何物にも代えがたい自信を私にくれます。
さあ、今日はどんなゴールテープを切りに行こう?
また鏡の中の私を見て愛してあげられる。今日も私は目の前にある小さな選択にこだわっていきます。

■この記事を書いた人
Mina Kinoshita
1児の母であり、働く母であり、誰かの妻である前に、1人の女性である私。肩書きではなく、世界にたった1人しかいない「私」としての日々を大切に過ごす。産後9年避けていたことから、「自分への小さな勝利」を積み重ねる心地よさに開眼。お昼はコンビニを通り過ぎては心の中でゴールテープを切る。夜はレモンサワーからジャスミン茶に変えて。そんな自分を面白がりながら、5年後、10年後のBestな自分をプレゼントするために。今日も私は、目の前にある小さな選択を続けています。

