私は、看護師として病院で働き、全くの未経験からリスキリングを通じてライターになりました。今では、医療記事を一般の読者に伝える医療ライティングや、未病の大切さを届ける薬膳茶づくりの仕事をしています。
突然ですが、 あなたは、何か新しいことをはじめようとしたとき、「どうせ私なんて」と思ったことはありますか?実は私も長い間、その言葉を「自分の限界」だと思っていました。でも実際は、限界ではなく、思い込みによるものだったのです。
この記事では、看護師としてキャリアを積んだ後、リスキリングを通じてライターへ転身した経験をもとに、動けなかった本当の理由とそこから抜け出すまでのプロセスを振り返ります。
もし、あなたにも「自分への思い込み」という感覚に心当たりがあるなら、ぜひ読み進めてみてください。
「私にはこれしかない」の裏側
大学病院の救命センターや集中治療室、そして一般病棟。私は社会に出てから、ずっと看護の世界だけを生きてきました。もちろん、仕事にやりがいはあった。でも「医師の指示のもとで動く」という働き方の中で、一つの感覚がじわじわと育っていったのです。それは、看護以外にも自分の判断で動ける場所がほしい、という感覚でした。
そんななか、プライベートでは結婚・出産を経て、働く時間や場所についても考えるようになりました。でも、転職サイトを開いては閉じることを繰り返し、「即戦力歓迎」という文字を見るたびに、気づいたら自分を候補から外していたのです。
「看護以外に何ができるんだろう」という問いが出てくるたびに、調べる気力ごと消えていく。「私にはこれしかないんだ」と自問自答する日々が続いていました。変わりたいという気持ちはあるけれど、何を学べばいいのかわからない。新たなスキルを身につけようと調べても調べても、どれも「私には関係ない」と感じてしまう。
今振り返ると、それはスキルや情報の問題ではありませんでした。「自分なんて」「私にはこれしかない」というマインドブロックがあったのです。
「変わりたいのに動けない理由」は私のなかに
必要性はわかっている。このままではいけないという感覚もある。それでも調べかけては手が止まり、転職サイトを眺めては閉じる日々が続きました。
それでも完全には諦めきれず、子どもが寝静まった夜にスマホを眺めながら、何かを探し続けていました。
怖かったのは、失敗そのものじゃなかった
当時の自分は、「まだ準備が整っていない」と思っていました。もう少し知識がついたら、もう少し余裕ができたら、もう少し自信がついたら——そうやって「いつか動く」と思いながら、結局何も変わらない日々が続いていたのです。
今振り返ると、それは準備不足ではなかったと思っています。怖かったのは失敗そのものではなく、「頑張った自分が、またダメだったと知ること」だったのです。準備が整っていないと思うことで、アクションを起こさずに済む理由を作っていたのかもしれません。
かつて救命センターで働いていたとき、思うように回復できない患者さんを前に「人生は一度きりだ」と感じる場面が何度もありました。でも、その感覚はなぜか自分自身には向けられなかった。他者には自然に持てた視点が、自分のこととなると消えてしまう。「どうせ私なんて」という声は、そうやって何度も、行動する前に私を止めていたのです。
「しょうがない」は自分を守る口癖
子育てと仕事の日々に、余裕がなかったのは事実。口癖のように言っていた「しょうがない」という言葉は、その状況では正しかったのでしょう。ただ同時に、自分を守り、動かなくていい理由を自分に与える言葉でもありました。
気づけば「しょうがない」という言葉は習慣になっていて、本当はしょうがなくないことまで同じように片付けていました。こうして、変わりたい気持ちはあるのに、何も変わらない日々が続いていたのです。
少し、立ち止まって考えてみてほしいことがあります。「しょうがない」という言葉を、最近自分にかけたことはありますか。それは本当にしょうがなかったことでしょうか。それとも、そう思うことで動かずに済んでいたことでしょうか。
リスキリングの武器「これまでの経験」
ある夜、子どもが寝静まった後にたまたまオンラインスクールのページを開きました。いつもなら途中で閉じるところを、その日はなぜか最後まで読んでいた。そこで初めて「ライター」という仕事を具体的に知りました。
「言葉を扱う仕事」に看護師経験がつながった
患者さんやご家族への説明一つで、不安が和らいだり傷ついたりする場面を、現場で繰り返し見てきました。「言葉は薬にもなれば、凶器にもなる」という言葉がある通り、言葉の選び方が、相手の状態を左右する。その実感は、看護師として働く中でずっと積み重なっていました。
そのなかで「ライター」という仕事を知ったとき、その経験と直結した感覚がありました。「看護以外にも自分にできることがあるかもしれない」という感覚は、このとき初めて生まれたものです。決して大きな決意があったわけではありません。ですが、それまで視界になかった選択肢が見えた、という新たな感覚でした。
学んでみてわかった「スキルより先に変わるもの」
実際にオンラインスクールでライティングを学び始めて気づいたのは、最初に変わるのは技術ではないということ。「私にも選択肢がある」という感覚を得ることで、先にマインドが変わり、その後からライティングスキルがついてきました。
リスキリングを「スキルの学び直し」と定義するなら、その前に越えるべき段階があります。「自分には選択肢がある」という前提を取り戻すこと。その前提が変わって初めて、学びが機能し始めることを知ったのです。
私がリスキリングで「選び直した」のはキャリアだけじゃなかった
医療ライターとして仕事をするようになって、看護師時代の経験が別の形で昇華されていることに気づきました。患者さんの視点に近い言葉で書けること、複雑な医療情報を一般の読者に届く言葉に変える感覚。現場で積み上げてきたものが、職種を変えても生きていました。
変化したのは、スキルより先にある「前提」
ライターとして動き始めて気づいたのは、スキルの習得よりも前に変化するものがあるということです。「私には看護しかない」と思い込んでいた前提が、少しずつほぐれていく。その感覚が先にあって、初めてスキルの習得が生きはじめました。
逆にいえば、この前提が変わらないままでは、何を学んでも「でも私には無理」という声が先に来てしまう。私には、スキルより先に前提を疑うことが必要だったのです。
私にとってのリスキリング
リスキリングとは、新しい職業に就くために、あるいは今の職業で必要とされるスキルの変化に適応するために、必要なスキルを獲得することを指します。つまり、価値を作り続けるために学び続ける姿勢がベースにある言葉です。
ただ、実際に経験してみてわかったのは、スキルを学ぶ前に越えるべき段階があるということでした。「自分には選択肢がある」という感覚を取り戻すこと。その前提が変わって初めて、学びが価値を生み始めます。
大きな決断をしたわけでも、すごい自分になったわけでもありません。ただ、自分が無意識に閉じていた可能性に気づいて、もう一度選ぶ余地を作った。それが私にとっての、リスキリングの出発点でした。
「どうせ」と思ったとき、少しだけ立ち止まってみてほしいこと
「どうせ私なんて」という言葉が出てくるとき、多くの場合それは心の底から湧き上がる声ではないかもしれません。もし「どうせ」という言葉が出てきたとき、一度だけ聞いてみてほしいことがあります。その言葉は、事実でしょうか。それとも、自分が作り出した前提でしょうか。
「どうせ」という言葉が最近口をついて出たなら、その声がどこから来ているのか、少しだけ立ち止まって聞いてみてほしいと思っています。答えはきっと、その問いの奥にあるかもしれません。

■この記事を書いた人
隈﨑 愛樹(くまさき あいき)
看護専門学校卒業後、看護師として医療の現場に従事。やりがいを感じながらも、「このままでいいのか」という違和感や、産後の働き方への制約をきっかけにキャリアを見つめ直す。その後、看護師の経験を活かし、医療ライターとしての活動を開始。これまでの臨床経験をもとに、専門的な医療情報を一般の読者にわかりやすく届ける記事制作に携わる。
また、オリジナル薬膳茶クラフトワークショップや、やさしい哲学対話の場『ことばの交差点』を主宰し、日常の中で自分と向き合う時間や、言葉を通して思考をひらく場づくりにも取り組んでいる。

