はじめに——あなたは、自分に優しくできていますか?
誰かが困っていたら、すぐに手を差し伸べる。頼まれたら、断れない。自分のことより、まず周りのことを考える。そんなあなたのことを、周りの人は「優しい人」と言うかもしれない。
でも、少し聞いてもいいですか。
あなたは今、自分のことをどれくらい大切にできていますか。
疲れているのに「まだ大丈夫」と言い聞かせていませんか。やりたいことがあるのに「私なんかが」と打ち消していませんか。誰かに甘えたいのに「迷惑をかけてはいけない」と我慢していませんか。
もしひとつでも当てはまるなら、この記事はあなたのために書きました。
「優しい人」であることと、「自分を大切にすること」は、本来矛盾しません。でも現実には、優しい人ほど自分を後回しにし、気づかないうちに自分を雑に扱ってしまっていることがあります。
なぜそうなるのか。どうすれば変わるのか。一緒に考えてみましょう。
「自分を雑に扱う」ってどういうこと?
「自分を雑に扱う」と聞いて、ピンとこない人もいるかもしれません。自傷行為とか、極端なネグレクトとか、そういう話ではありません。もっと日常的で、地味で、でも積み重なると心をじわじわと蝕んでいくようなことです。
たとえば、こんなことに心当たりはありませんか。
- 食事を後回しにする
- 子どもや家族のご飯を先に準備して、自分は冷めたものを立ったまま食べる。「私はあとでいいから」が口癖になっている。
- 自分の体の不調を放置する
- 頭が痛い、肩が凝る、ずっと眠れていない。でも病院に行くほどでもないと思って、何週間も我慢している。
- 「疲れた」と言えない
- 夫や友人に「しんどい」と打ち明けたいのに、「これくらいで弱音を吐いてはいけない」「心配させたくない」と思って、ひとりで抱え込む。
- 自分の時間を持てない
- 「自分だけの時間」を作ろうとすると、罪悪感が湧いてくる。好きなことをしていても「こんなことしていていいのかな」と落ち着かない。
- 人に頼れない
- 何かをお願いすることを「迷惑をかける」と感じてしまい、自分ひとりで全部やろうとする。
どれも、誰かを傷つけているわけじゃない。むしろ、周りへの配慮や責任感から来ていることが多い。でも気づけば、そのしわ寄せはすべて「自分」に向かっています。
なぜ「優しい人」ほど自分を後回しにするのか
優しい人が自分を後回しにして、雑に扱ってしまう背景には、いくつか心のパターンがあります。
「自分より他者」という価値観が根づいている
優しい人の多くは、幼い頃から「人の役に立つこと」に価値を感じて育ってきた可能性があります。誰かのために動いたとき、褒められた。助けたとき、喜ばれた。そういった経験が積み重なると、「自分のために何かをする」ことへの罪悪感が育ちやすくなります。
誰かの役に立っているとき=価値がある。
自分のためだけに動くとき=わがまま。
そんな無意識の方程式ができあがっていることがあるのです。
「迷惑をかけてはいけない」という呪縛
「人に頼るのは甘えだ」「自分のことは自分でやらなければ」——そう育てられた人は、助けを求めることをどこかで「弱さ」と結びつけていることがあります。しかし実際には、人に頼ることも、助けを求めることも、ひとつの「コミュニケーション」であり、関係を深めるきっかけになることさえある。
「迷惑をかけてはいけない」という思い込みは、他者への配慮ではなく、自分を孤立させる壁になっていることがあるのです。
NOと言えないことへの慣れ
断ることへの罪悪感が強い人は、気づかないうちに自分のキャパシティを超えた量の「YES」を積み重ねています。断らない選択を繰り返すうち、「自分の意見や都合を主張すること」自体に慣れなくなっていく。その結果、自分が何をしたいのか、何が嫌なのかすら、よくわからなくなってしまうことがあります。
「私はこの程度でいい」という低い自己評価
自己効力感——「自分はできる」「自分には力がある」という感覚——が低くなっているとき、人は自分を後回しにすることへの抵抗感が薄れていきます。
「どうせ私なんか」「私が我慢すれば丸く収まる」「私が頑張ればうまく動く」——こういった言葉が頭に浮かびやすい人は、知らず知らずのうちに「自分はそこまで大切にされなくていい存在」という前提で動いているかもしれません。
「自分を大切にすること」への誤解
自分を大切にしましょう、と言うと、「でも自己中になりたくない」「わがままだと思われたくない」という反応が返ってくることがあります。ここに、大きな誤解があります。
自分を大切にすることは他者を大切にしないことではない
飛行機の中での安全案内を思い出してください。「緊急時には、まずご自身が酸素マスクを装着してから、お子様をお助けください」というアナウンス。自分が酸素を確保できていない状態では、誰かを助けることもできない——この原則は、日常の人間関係にも当てはまります。
自分を雑に扱い続けた人が、長期的に周りを豊かにし続けることはできません。疲弊した心と体では、誰かに真に寄り添う余裕は生まれてきません。
自分を大切にすることは、「わがまま」ではなく、「持続可能な優しさ」を保つための、必要条件なのです。
「自分を雑に扱っているかも」と気づくために
なかなか自覚しにくいからこそ、一度立ち止まって確認してみてください。
- 最後に「何もしない時間」を持ったのはいつか、思い出せない
- 「私はどうしたい?」と聞かれると、答えに詰まる
- 誰かに「ありがとう」と言われても、素直に受け取れない
- 自分へのご褒美に罪悪感がある
- 「しんどい」と言える相手が思い浮かばない
- 人に頼むより、自分でやったほうが早いと思ってしまう
- 体の不調を後回しにしていることがある
- 自分が楽しいことよりも、役に立てることを優先している
3つ以上当てはまった方は、少しずつ「自分の扱い方」を見直すタイミングかもしれません。
では、どうすればいいの?小さく始める5つのこと
急に大きく変わろうとしなくて大丈夫です。ただ、少しだけ「自分の扱い方」を変えてみる。それだけで、じわじわと何かが動き始めます。
1.一日一回、自分に「どうしたい?」と聞く
朝でも夜でも、たった一回でいい。「今日、自分はどうしたい?」と自分に問いかける自分との会話習慣をつけてみましょう。答えは何でもいい。「温かいものが飲みたい」「静かにしていたい」「誰かと話したい」——そんな小さな欲求に気づくだけで、自分への意識が変わっていきます。
2.「疲れた」を声に出す練習をする
信頼できる誰かに、「最近ちょっと疲れてる」と言ってみる。LINEでも、スタンプでも、ひとこと冗談っぽくでもいい。「疲れた」と口にすることは弱さではなく、自分の状態を正直に認める、とても健全な行為です。言葉にするだけで、不思議と少し楽になることがあります。
3.小さな「自己主張」から練習する
いきなり大きなことを主張しなくていい。「今日のランチ、何がいい?」と聞かれたとき、「なんでもいいよ」ではなく「私は○○がいい」と言ってみる。そんな小さな自己主張の積み重ねが、自分の意見を持つことへの慣れを作っていきます。
4.自分への言葉を少しだけ変える
「私なんか」「どうせ私は」という言葉が浮かんだとき、そのまま流さず、少しだけ書き換えてみましょう。「私なんか」→「今の私には、まだわからないだけ」。責める言葉を、中立の言葉に置き換えるだけで、心の負担が変わります。
5.「してもらったこと」を素直に受け取る
誰かに親切にしてもらったとき、「申し訳ない」より先に「ありがとう」を言う練習をしましょう。好意を受け取ることも、自分を大切にすることの一部です。受け取ることを許可する、それだけで少しずつ自己評価が変わっていきます。
「優しい人」のままで自分も大切にしていい
あなたが誰かに優しくできるのは、あなたにそれだけの心があるからです。それは本当に、素晴らしいことです。
でも、その優しさの矛先を、少しだけ自分にも向けてほしいのです。
誰かを助けるように、自分を助けてあげてほしい。誰かの話を聞くように、自分の気持ちにも耳を傾けてほしい。誰かを労わるように、自分の体と心を労わってほしい。
自分を大切にしても、あなたの優しさは失われません。むしろ、自分を満たすことで、あなたの優しさはもっと長く、もっと豊かに、周りに届くようになる。
「優しい人」と「自分を大切にする人」は、矛盾しない。
それを、どうか忘れないでいてください。

■この記事を書いた人
Still.me編集長 千葉 真依子
アパレル店員・OLを経て、美容外科クリニックで勤務。出産を機に自分のやりたいことを見つけるべく、まずはできることからと美容系Webライターとして活動を開始。地域フリーマガジンの取材ライターや、医療系Webメディアのマネージャーを20サイト以上担当した後、「自分と同じ境遇だった自己効力感の低い女性に、『できる』のヒントを見つけてもらえるメディアを」とStill.meを立ち上げる。

