幸せは自分の中にある―香港での暮らしを手放し見つけた「自分らしい働き方」|澤岡沙季さん

さきさんインタビュー

キャリアも、住む場所も、暮らし方も。人生の選択肢が広がっている今だからこそ、「本当に自分に合った生き方って何だろう」と立ち止まる女性は少なくありません。

今回お話を伺ったのは、シングルマザーとして子育てをしながら、香港での海外生活から仙台での新しい暮らしへと大きく舵を切った澤岡沙季さん。

キャリアを重ねる上での海外生活で気づいたこと、そして帰国後の転職活動、その後の自分らしい働き方についてお話を伺いました。

さきさん

■今回お話を伺った方:澤岡沙季さん

健康食品会社 広報PR

東京の大手料理教室にて講師をつとめたのち独立。現在は食品会社で広報PRとEC事業を担当している。一児の母。

香港へ渡った理由

——まずは、香港に移住される前のお話から聞かせてください。

もともと湘南に住んでいたんです。その頃は、保育園の送り迎えをしながら都内まで通勤する生活をしていました。シングルマザーだったので、頼れる人が限られていて。

特に大変だったのが、子どもが体調を崩したとき。私が住んでいたエリアには病児保育もなかったので、単発のベビーシッターさんにお願いするしかなくて……。本当に精神的にも体力的にも綱渡りのような毎日でした(笑)。

——そこで香港へ渡るという選択をされたんですね。

はい。シングルになったタイミングで、知り合いから「香港にある日本食レストランのメニュー開発をやってみない?」と声をかけて頂いて。

香港は住み込みのお手伝いさんを雇って、バリバリ働くママも多いそうなんです。「だったら住み込みでお手伝いさんを雇える環境に行こう!」と思い切って香港に移住しました。

現地では、日本食レストランのメニュー開発やPRの仕事をしていました。仕事自体はすごくやりがいもあって、好きだったんです。

「私は何のために働いているのか」病院での出来事

香港 夜景

——傍から見るととても充実した生活のように思えます。何か転機があったのでしょうか。

飲食業だったので、勤務時間がどうしても夜や土日中心になってしまって……子どもの生活時間とずれてしまっていました。決定的だったのは、子どもが体調を崩し病院に連れて行ったときのことです。

——どんなことがあったんですか?

お医者さんに「いつから体調が悪いか」「食欲はあるか」「ここ3日間何を食べたか」といった質問をされたんです。でも、私は何ひとつ答えられなかった。全部、住み込みのお手伝いさんが答えてくれて。

その日の夜も仕事で会食だったんですが、帰りのタクシーの中できらびやかな街を眺めながら「私、いったい何のために働いているんだろう」「金銭的に満たされていても、幸せなんだろうか」という気持ちが込み上げてきました。

——それは、かなり重い気づきだったのではないでしょうか。

そうですね。それまでは「子どものために」と思って一生懸命働いていたつもりだったんですけど、実際には子どものことを一番知らない人になっていた。そのギャップに、自分でもショックを受けました。

仙台の実家に「帰ってきなよ」

——そこから帰国を決意されるまでには、どんな経緯があったんですか?

ちょうどその頃、夏休みで一時帰国できるタイミングがあったんです。仙台の実家に帰ると、緑が多くて、家も広くて、両親や犬もいて。家族みんなで食卓を囲む時間があって。その環境に触れて、両親から「帰ってきたら」と言われたときに、心がふっと軽くなったのを覚えています。

——迷いはなかったですか?

もちろんありましたが、子どもが小学校に上がる前というタイミングでもあったので、「今しかない」という思いもありましたね。結局、仕事も住居も決まっていない、無職・シングルマザー・実家住みという状態で仙台に戻ることを決めました。

「嫌な条件」を書き出したら、道が見えてきた

——帰国後、すぐに転職活動を始められたんですか?

いえ、まずはしばらくゆっくり過ごしました。香港での生活で結構疲れていたので。「実家がある」という安心感が大きくて、不安よりも「なんとかなる」という気持ちの方が強かったです。……というか、くじける選択肢がなかったので「なんとかするしかない」が近いかもしれません。(笑)

次の仕事を考えたとき、飲食業のときの「夜・土日勤務」がしんどかったので、まずはその時間帯を避けたいと思いました。それで、時間の融通が利いて、地方にいても東京水準で働けるウェブマーケティングを選んで、オンラインスクールに通いながら転職活動を進めました。

——転職活動で意識していたことはありますか?

「平日の夜は働かない」「土日は働かない」「長時間労働はしない」といった、自分にとっての嫌な条件を、とにかく紙に書き出したんです。そうすると、選択肢がぐっと絞られて、何を選べばいいか迷わなくなりました。

給与についても、叶うかどうかは別として、自分でこのくらい欲しいという水準を先に決めましたね。

わからない=不安になります。紙に書き出すのは、思考が整理されるので本当におすすめです。

——書類選考で落ちることもあったと伺いました。心が折れそうにはなりませんでしたか?

正直、何度もありました。でも、子どもを育てるために「辞める」という選択肢が私にはなかったので、前に進むしかなかったんです。

それと、不採用になっても「自分がダメだったわけじゃなくて、単に合わなかっただけ」と考えるようにしていました。自分を否定しないことは、すごく意識していましたね。

8時出社、3時45分退勤。今の働き方

——今はどんな働き方をされているんですか?

正社員として、広報PRとEC事業の両方を担当しています。1時間の時短勤務で、7時間勤務。朝8時に出社して、退勤は午後3時45分です。子どもが一定の年齢になるまで時短勤務ができる制度があって、それを活用させてもらっています。

EC事業は未経験でしたが、20代前半の同僚に教えてもらいながら、少しずつ覚えているところです。わからないことだらけですけど、「経験を積めばできるようになる」という気持ちで取り組んでいます。

——お子さんとの時間はしっかり取れていますか?

はい。平日の夕方には子どものお迎えに行けますし、子どもの用事に付き添ったり夕食の準備もできています。

会社にはママ社員が多くて、有給も取りやすい環境なんです。東京出張もありますし、会食に参加することもありますが、両親と同居しているので、そのときはサポートしてもらえて助かっています。

「幸せは自分の中にある」と気づいた

——昔と今とで、ご自身の中で一番変わったことは何だと思いますか?

湘南にいた頃は、パートナーとか、誰か他人に幸せを委ねてしまうところがあったんです。でも今は、全部自分で決めている。その責任感が、逆にメンタルの安定につながっている気がします。

香港での生活は、傍からは「華やかに見える」と言われたこともあります。でも、今振り返ってそれがめちゃくちゃ幸せだったかというと、実はそうでもなかった。

香港から地元への移住は、人によってはもしかして「都落ち」に見えるかもしれません。でも、子どもと過ごせる時間もあるし、地元の友達や幼馴染もいる。

仕事にもやりがいを感じられていて、今が一番幸せだと胸を張って言えます。

——理想とする幸せの形が変わったという事でしょうか。

というより「幸せは自分の中にある」という気づきですね。実は、湘南で一番苦しかった時期に、ノートに「いつかこうなったらいいな」と理想の生活を書き出していたことがあったんです。

それが今、ステップを経て、当時思い描いていたよりもいい形で実現できています。

整理して、言語化して、動いてみる

——仕事や子育てに悩む方へ「自分らしい働き方」についてメッセージをお願いします。

希望にぴったり100%合う仕事に今すぐ就くのは難しくても、近い仕事は思っているよりたくさんあります。

スキルがなければオンラインスクールに通ったり、まずはパートやアルバイトから始めてスキルを積んでから正社員を目指すという方法も。

転職サイトに載っている会社だけじゃなくて、行きたい会社に直接アプローチするのもひとつの手だと思いますよ。小さなお子さんがいて外に出るのが難しい場合は、クラウドワークスなどで動画編集みたいな在宅でできる仕事から始めるのもいいと思います。

遠回りに見えることでも、はじめはうまくできなくても、必ずどこかで自分の力になります。

現状を変えるのって怖いけれど、一歩踏み出せば人生は動き出します。まずはハードルの低いところから、動いてみてほしいですね。

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